輸液バッグ中の溶出性ニトロソアミンの生成経路を解説

2025年8月18日、FDAが「Emerging Scientific and Technical Information on Leachable NDBA and Other Small-Molecule Nitrosamines in Infusion Bags」(輸液バッグ中の溶出性NDBA及びその他の小分子ニトロソアミンに関する新たな科学的・技術的情報)というガイダンスを開示しました。
FDA医薬品評価研究センター(Center for Drug Evaluation and Research:CDER)は、発がん物質であるN-ニトロソジブチルアミン(NDBA)が、輸液バッグに包装された一部の医薬品で検出されていることを認識し、NDBA及びその他の小分子ニトロソアミン不純物がこれらの製品に溶出し、印刷されたオーバーラップやポーチに含まれる化学物質から生成する可能性がある「溶出性ニトロソアミン」(Leachable Nitrosamine)について懸念を示しました。
CDERは、医薬品の製造販売業者や申請者に対し、輸液バッグに包装された医薬品についてリスク評価を実施し、NDBA及びその他の小分子ニトロソアミンが包装から生成し、医薬品に溶出する可能性があるかどうかを判断するよう推奨しました。
製造販売業者及び申請者が「リスクがある」と結論付けた場合、又はCDERが潜在的なリスクを特定した場合、製造販売業者及び申請者は、製品を試験して、溶出性ニトロソアミン不純物の存在、及び存在する場合はその量を確認する必要があるとしています。
現時点では、米国で販売される製品に対するガイダンスですが、日本国内への波及も考えられます。
輸液バッグを製造販売するメーカーや、輸液バッグを用いた医薬品を製造販売する企業の方は、輸液バッグ中の溶出性ニトロソアミンが生成する原因やその経路を認識しておくと良いでしょう。
そのため、本技術コラムでは、現時点で考えられる輸液バッグ中の溶出性ニトロソアミン生成経路について解説します。
ニトロソアミン類の一般的な生成経路
一般にニトロソアミンは、アミン(第二級、第三級、第四級アミン)と亜硝酸(酸性条件下、亜硝酸ナトリウムなど)のニトロソ化反応で生成します。
亜硝酸ナトリウムから生成するニトロソニウムイオン(+N=O)を求電子剤として、アミンが反応して、N-ニトロソアミンが生成します。(スキーム 1)

スキーム1
輸液バッグ中の溶出性ニトロソアミンの生成経路
CDERによると、溶出性ニトロソアミンの生成には、印刷されたオーバーラップやポーチ(二次包装)に関連していると考えられています。原因物質としては、高分子原料、インク、及びオーバーラップやポーチに含まれるニトロセルロースと、多くのインクに含まれるジアルキルアミンが挙げられています。
ニトロセルロースは、速乾性、光沢、フィルムへの密着性、及びインクの耐摩擦性に優れているため、軟包材用のインク、特に溶剤系インクの主要な結合剤として広く使用されてきました。
ジブチルアミンのようなジアルキルアミンは、インクの中和剤、分散剤、pH調整剤として使用される場合があります。
また、CDERでは記載されていませんが、オーバーラップやポーチの素材の製造プロセスや安定化に、微量のアミン類を含む添加剤が組み込まれる可能性があります。
その他、ゴムや一部のプラスチック製造で使用されるジアルキルジチオカルバメート系の化合物が加硫促進剤/劣化防止剤として使用されることがあります。ジメチルジチオカルバメート系の化合物は分解すると、対応するジアルキルアミンが生成することが知られています。
ニトロセルロースとジブチルアミンから、NDBAが生成する経路は以下の通りと考えられます(スキーム2)。

スキーム2
ニトロソアミン類の一般的な生成経路で説明したように、亜硝酸源としてニトロセルロース、アミン源としてジアルキルアミン(例:ジブチルアミン)が該当します。
ニトロセルロースは、その構造中に硝酸エステル基(-ONO₂)を有しています。輸液バッグの製造プロセスにおける熱や圧縮、あるいは保管中の特定の環境下で、ニトロセルロースが分解し、窒素酸化物である・NO2、そしてNO2ガスが生成します。[参考:Propellants, Explosives, Pyrotechnics「The Use of Chemiluminescence Nitrogen Oxides Analysis for the Study of the Decomposition of Nitrocellulose」]
NO2ガスは水分と反応すると、HNO3(硝酸)とHNO2(亜硝酸)を生成します。
生成したHNO2とジブチルアミンが反応すると、NDBAが生成すると考えられます。
今後の国内への展開
これまで、厚生労働省より通知された「医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検について」では、対象となる医薬品に「特定の一次包装資材(ニトロセルロースを含有するブリスターパック等)を用いて包装したもの」という記載はありました。
また、『「医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検について」に関する質疑応答集(Q&A)について』の回答4で「現時点でリスクがあると確認されている包装資材はニトロセルロースのみであるが、最新の知見、関連文献等を参照し適切に対応すること。なお、ニトロセルロースやアミン類はインク等にも使用されることに留意すること。」との記載もありました。
過去事例では、「メトホルミン塩酸塩における発がん性物質に関する分析について(依頼) (その2)」において、PTPシート印字インク中のニトロセルロースと製剤に含まれる原薬由来のジメチルアミンとが反応し、N-ニトロソジメチルアミン(NDMA)が生成されるリスクが指摘されました。これにより、製造販売業者はPTPシートのインク成分を確認して、その結果を報告、NDMA生成の原因となる可能性が示唆された場合は、PTPシートの変更を求められることになりました。
この事例を踏まえると、輸液バッグについても、ニトロセルロースのような亜硝酸源やジアルキルアミンのようなアミン源が含まれていないか確認する必要が出てくるかもしれません。
輸液バッグを製造販売するメーカーや、輸液バッグを用いた医薬品を製造販売する企業の方は、今後のFDAの動向に着目しておくのが良いでしょう。
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