PFASフリーのコーティング剤が求められる理由|規制と最新動向について

投稿日:2025年6月6日
PFAS(有機フッ素化合物)は、その優れた撥水・撥油性、耐熱性などの特性を活用し、コーティング剤をはじめ様々な用途で使用されてきた歴史があります。
しかし、環境中で分解されにくく、生物の生体内に蓄積する性質があることから、一部のPFASは多くの国で規制の対象となっています。
この記事では、PFASがコーティング剤として使用されてきた理由や、代表的な化合物の特徴、PFASを含まない代替物質開発への取り組みについて解説します。
INDEX
PFAS(有機フッ素化合物)とは?
PFAS(有機フッ素化合物)は、1万種類以上存在する有機フッ素化合物の総称です。
撥水性・撥油性・耐熱性などの特性を持ち、泡消火薬剤や撥水加工、半導体製造など幅広い分野で活用されてきました。
汎用性の高さから産業分野で重宝されていたPFASですが、自然環境で分解されにくく、環境中に長く残留し続けることが次第に問題視されました。
特にPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)や、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)といった一部の化学物質は、動植物や人間の健康に影響を及ぼすことが懸念されており、日本を含む多くの国でPFASに関する規制が強化されています。
PFASについて詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
【関連記事】PFAS(有機フッ素化合物)とは?特徴から問題点、規制の最新動向まで
PFASはなぜコーティング剤に使用されたのか?
PFASは撥水性や撥油性、化学的安定性が高く、熱にも強い特性があります。
これらの特徴を活かして、撥水撥油剤や界面活性剤、半導体用反射防止剤などの用途で使用されてきました。
その中でも特にPFOAは、食品の包装紙やフライパンなどの撥水性能を高めることを目的にコーティング剤として使用されてきた歴史があります。
研究によって毒性が明らかになった一部のPFASは、世界的に使用を禁止・制限する流れが加速し、現在は環境や人体への影響が確認されていない代替物質に置き換えられています。
また、PFAS自体を使用しないPFASフリー製品の開発に着手する企業の取り組みも増えています。
【関連記事】PFOAフリーのフライパンってなに?人気がある理由や将来性について解説
コーティング剤に使用された代表的なPFAS
コーティング剤などの用途で使用されてきたPFASですが、1万種類以上あるPFASの中でも代表的な化学物質は一部です。
ここでは、主にコーティング剤として使用されてきた代表的なPFASと、それぞれの化学物質の特徴について解説します。
PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)
PFOSは撥水性・撥油性・耐熱性といった特性を活かして、主に半導体工業や金属メッキ、泡消火薬剤、写真感光剤などの用途で使用されてきました。また、クロムメッキの加工や一部の医療機器、電気電子部品など、代替が困難とされる用途にも利用されていました。
一方で、人の健康に影響を与える懸念があり、POPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)の附属書B(制限)に記載されています。
日本では2010年に化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)の第一種特定化学物質に指定され、国内での製造・輸入・使用等が原則禁止されています。
【関連記事】PFOSとはどんな物質なのか?人体への影響も含めて解説
PFOA(ペルフルオロオクタン酸)
PFOAは炭素鎖が8または9つの長鎖PFASの一種です。
優れた撥水性・撥油性・耐熱性・耐薬品性を持つことから、主に繊維製品、医療機器、電子基板、自動車部品などのコーティング用途で使用されてきました。また、一部では食品包装紙やフローリング、皮革、防護服などへの使用も報告されています。
PFOAはPOPs条約の附属書A(廃絶)に記載されており、多くの国で製造や使用が規制されています。
日本でも2021年に化審法の第一種特定化学物質に指定され、2025年5月現在も国内での製造・輸入・使用が原則禁止となっています。
【関連記事】PFOAとは?人体への影響や各国の動向、法規制の情報について
PFHxS(ペルフルオロヘキサンスルホン酸)
PFHxS(ペルフルオロヘキサンスルホン酸)は、PFOSの代替物質としてコーディング剤などの用途に使用されることが多かったPFASの一種です。
PFOAなどの長鎖PFAS群と比べて環境中での分解性が僅かに高いとされていることから、規制対象物質の代わりに使用されたケースがあります。
しかし、程度の差があるものの分解が難しく、環境中に残留しやすい性質が指摘されています。また、動物実験では肝臓や内分泌系への影響が確認されており、人体や環境への潜在的な影響が懸念されているため注意が必要です。
こうした理由から、2022年にPOPs条約の附属書A(廃絶)に追加され、国内においても化審法の第一種特定化学物質に指定。2024年2月からPFHxSの製造・輸入・使用が原則禁止されています。
【関連記事】PFHxSとは?輸入が禁止される理由と対策について
PFNA(ペルフルオロノナン酸)
PFNA(ペルフルオロノナン酸)は、炭素鎖が8または9つの長鎖PFASに該当する化学物質です。
撥水撥油性、耐熱性が高く、消費者製品の表面コーティング剤などの用途で使用されてきました。子供用の寝袋やスポーツ・アウトドア衣料等での使用が報告されています。
2025年5月現在では、PFNAはPOPs条約の附属書に追加されていません。そのため、PFNAの規制は国によって対応が異なります。一部の国では、飲料水規制の対象物質にPFNAが含まれている場合もあります。
【関連記事】PFASの一種であるPFNAとは?特徴や各国の最新規制動向を調査
コーティング剤として使用されたその他のPFAS
PFAS全体の特性として、高い撥水・撥油性や耐熱性があるため、多くのPFASがコーティング剤として使用されてきました。
これまでに紹介した代表的な化学物質の他に、下記のPFASも過去にコーティング剤として使用されていた可能性があります。
PFASフリーのコーティング剤とは?
環境に与える影響が懸念され、現在ではPFASフリーのコーティング剤が注目を集めています。
しかし、PFASフリーという言葉の定義は曖昧で、まだ研究段階の技術も含まれているため、製品を選ぶ際は慎重に検討する必要があります。
ここでは、PFASフリーのコーティング剤について詳しく解説します。
PFASフリーの定義
PFASフリーとは、製品や材料にPFASを使用していないことを示す表示のことです。
ただし、「製造段階のどの部分でPFASを使用していないのか」「規制対象になっているPFASのみを指しているのか」などの点は、各メーカーの判断に委ねられています。
明確な表示の基準がルール化されていないため、2025年1月時点では、PFASフリーの明確な定義がない状態となっています。
PFAS MEDIAでは、製品におけるPFASフリーの基準については、以下のように定義しています。
PFAS MEDIAにおける「PFASフリー製品」の定義 | |
完成した製品および製造工程において、REACH規則・POPs条約・化審法で規制されている物質と今後規制の対象とされるLC-PFCAsが含まれていないこと。 〈物質名〉 PFOS、PFOA、PFHxS、PFHxA、LC-PFCA(C9-C21) |
PFASフリーコーティング剤の事例
世界的にPFAS規制が進められていく中で、PFASフリーのコーティング剤が注目を集めています。
ドイツのフラウンホーファー製造技術・先端材料研究所(IFAM)は、コーティング剤に使用するPFASの代替物質として、以下の技術を提唱しています。
コーティングの種類 | 特性 | |
非粘着性コーティング | 表面に物がくっつきにくく、ほとんどの素材に密着しやすい特性を持つ。食品産業や塗料の剥離作業、繊維強化プラスチック部品の製造で活用されている。 | |
スライディングコーティング | 部品の摩擦を軽減し、寿命を延ばすためのコーティング。スライドベアリングやシールリングなどの滑りを良くする用途で使用される。 | |
疎水性コーティング | 水を弾く特性を持ち、布製品やフィルター材に使用される。表面で水を玉状に弾き、油水分離や腐食性化学物質からの保護にも役立つ。 |
PFASフリーのコーティング技術は現在も世界各国で研究されているため、今後も新たな技術が開発される可能性があります。
PFASの規制動向について
EU(欧州連合)では、2023年1月にECHA(欧州化学機関)が約1万種類のPFASを対象とする規制提案を発表しました。
規制の対象には、これまで使用されてきたPFOSやPFOAだけでなく、短鎖PFASやポリマー形態のPFASも含まれます。特に、調理器具や工業用途で広く使用されているPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などのフッ素樹脂も規制の対象に含まれる可能性があります。
規制案では、施行後18ヵ月間の移行期間が設けられ、代替手段が確立されていない特定の用途に関しては、最長12年間の猶予期間が提案されています。
この規制案により、製造や輸出入に関わる多くの企業は、PFASの代替技術の開発や適用を求められるでしょう。
PFASフリーのコーティング剤が求められている
POPs条約や化審法の規制対象になっているPFOS・PFOA・PFHxSなどは、過去にコーティング剤として使用されてきた代表的なPFASの一種です。
今後EUが実施する予定のPFAS規制の動向次第では、これまでに規制対象外だったPFASを含むコーティング剤も使用できなくなる可能性があります。
今後は製品の製造・流通の現場において、環境に優しい代替物質の開発や、PFASフリーのコーティング剤の需要が高くなると予測できます。
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記事の監修者
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ユーロフィン・プロダクト・テスティング株式会社 |
<経歴> 大学卒業後、環境調査・検査業界に15年余従事、2015年より現ユーロフィン・プロダクト・テスティング株式会社にて工業製品の環境負負荷物質管理に携わったのち、2019年よりPFAS等化学物質や食品包装等の海外法令調査・コンサルティングの実施、および管理に従事。 |
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【参考資料】
- ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)及びペルフルオロオクタン酸(PFOA)について|環境省
- PFOS、PFOA に関するQ&A集 2024 年8月時点|環境省
- ストックホルム条約第 10 回締約国会議(COP10)の結果の概要|経済産業省
- 「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律施行令の一部を改正する政令」が閣議決定されました|経済産業省
- How is PFNA used?|Perfluorononanoic acid (PFNA)|vermont department of health
- PFAS に関する今後の対応の方向性 令和5年7月・PFAS に対する総合戦略検討専門家会議|環境省
- Drinking Water Health Advisory:Perfluorobutane Sulfonic Acid (CASRN 375-73-5) and Related Compound Potassium Perfluorobutane Sulfonate(CASRN 29420-49-3)|EPA
- Toxicological Review of Perfluorohexanoic Acid (PFHxA) and Related Salts (Final Report, 2023) | IRIS | US EPA
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